世間一般では学歴の高い人が頭の良い人ということになっている。しかし、実社会を見てみると、学歴の高い人でも犯罪者になったりする人がいる一方で、偏差値の高い大学に行っていなくても社会に貢献する人がいる。この違いは一体どこから生まれるのか、そして本当の頭の良さは一体何なのかについて書いてみた。
昔、オウム真理教という犯罪組織があった。地下鉄サリン事件を起こして多数の死者を出したことで有名になり、当時は連日世間を騒がせていた。驚いたのはこの組織の幹部達の学歴だ。彼らは揃いも揃って高学歴だった。彼らは学校の勉強はできたけれど、やって良いことと悪いことの区別がつかなかった。つまり、他者から与えられた課題について正確にスピーディーにこなす能力は高いけれど、善悪を自分の頭で考える能力が無かった。これは頭が良いと言えるのか。当然言えない。学校の勉強ができるようになることで、将来それを使って社会に貢献することが目的のはずだ。しかし、真逆のことをしているわけだから、やはり頭の使い方を間違っている。
一方で、パナソニックという会社を作った松下幸之助さんやホンダという会社を作った本田宗一郎さんは低学歴だけど、あれほど大きな会社を作って日本を豊かにした。難しい計算や難しい言葉は使えなくても、あれだけの業績を残している。馬鹿では決してできない。ではなぜあれだけのことができたのか。
松下幸之助さんは生まれつき病弱で貧乏だったと言う。だからこそ人に任せる必要があったし、豊かになりたいという思いが強かったからあそこまで大成功したと言われている。本田宗一郎さんは子供の頃から機械に夢中で、好きなことばかりしてあそこまで大成した代表のような人だ。2人に共通していることは、自分の中に問いを持っていたこと。そしてその問いを深めていったこと。松下幸之助さんは病弱な自分でも仕事をするにはどうすれば良いか、貧乏から抜け出すにはどうすれば良いか、自分だけでなく日本全体を豊かにするにはどうすれば良いかを日々考え実行し続けた結果と言える。本田宗一郎さんも、どうすれば速く移動する乗り物を作れるか、どうすれば燃費の良い乗り物を作れるか、どうすれば庶民に使いやすい乗り物を作れるかを考え実行し続けた結果と言える。
オウム真理教の幹部達は問いを持っていなかった。ただ言われたことだけを何も疑わずにやったに過ぎない。
つまり、頭が良いというのは、問いを持って生き、その問いを考え続けて深め、行動して社会に貢献していくことだと言える。その過程で頭が良くなっていくのであって、はじめから頭の良い人はいないということがわかる。そして本当に頭の良い人は、貧困の中から生まれる人が多いのも納得できる。ハングリーな環境だと、どうやってこの環境から抜け出すかを考えざるを得ないからだ。現代人より戦後の日本人の方が総じて頭が良かったかもしれない。
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